報道内容の要約5



2003年7月10日木曜日 週刊文春( 2003年7月17日号 )
※和田真一郎の父親へのインタビュー
早大レイプサークル 主犯和田真一郎の父親 懺悔告白90分
幼いころから鉄拳で鍛えてきた・・・。 この手で息子の息の根を止めてやりたい!
早大生らが起こした集団レイプ事件。 一流大学の学生たちが日常的にレイプを繰り返していた事実に日本中が驚愕した。 なぜ彼らは鬼畜集団と化してしまったのか。

主犯・和田被告の父親が、小誌記者の直撃取材に九十分にわたって、その苦悶の胸のうちを語った――。

「 うちの倅が起こした事件でご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません。 お叱りを受けることは重々覚悟をしております―― 」

和田真一郎被告( 28・逮捕当時 )の父親( 49・逮捕当時 )は、取材に訪れた記者の前で深々と頭を垂れた。 男ばかり三人兄弟の長男である和田被告は「 終身名誉代表 」 と称し、1995年より代表を務め続けていた。

父親は、記者の質問に自問自答を繰り返しながらも、自らの責任をかみ締め、被害者への謝罪と息子への憤怒の言葉を口にし始めた。

「 真一郎の逮捕は6月9日と聞いておりますが、私は19日の新聞記事で初めて知りました。 報道を見てウチの倅のことだとすぐにわかった。 早大で学生を集めてパーティーをやっていることは倅から聞いていましたから・・・。

逮捕後、家族は一度も接見に行ってはおりません。 行ったところで勾留をされていますから、殴ろうにも手を出せない。 私は性格的にキツい方なので、いま顔を見れば自分を抑えられるかどうかわかりませんから・・・・・・。

女性に乱暴をするとか、人としてやってはいけないことは何かをちゃんと教えてきたのかと具体的に聞かれれば、正直、そうではなかったのかもしれない。 ただ、弱いものいじめをしない、人に好かれるようには育てたつもりです。 生き物をかわいがるように、動物も飼ったこともあります。

今回のことがなぜ起きてしまったのか・・・・・・・。 私の教育が間違っていたと自分を責めるしかないと思っています。 うちは土建屋の端くれですが、真一郎には期待していたんです。 やっぱり長男ですから家業を継いでほしいという気持ちはありました。

小学生の頃からクレーンや重機の操縦法を教えました。 そのころからスパルタ教育で、殴ることもありました。 私は口よりも手が先に出てしまいますから。 襟が曲がっていれば叱り飛ばす、人前であくびをしても殴り飛ばした。

周囲からも厳しすぎると思われていたほどです。 子供は勉強が本職だけれども、親の仕事を手伝え、親から汗水流して働くことを学べ、ということを教育してきたんです。 私は正月も休まずに働いてきましたから、暇さえあれば子供を現場に連れて行きました。 でも、三人兄弟のうち真一郎だけは来ませんでした。

<実家に届いた借金の督促状>
二人の弟は私の生き様を見て育ってくれたから、非常に真面目なんです。 真一郎だけが、私をただ"怖い親父"としかいていなかった。

小六のころに真一郎が「 親父のような人生は送りたくない。 俺は汗水流すのは嫌いだ 」 と言ったことがあります。 反抗期のころでも、私につかみかかるようなことはありませんでした。 でも、そのときは真一郎からははっきりそう言われた。 だから「 そういう考えなら無理やりやらせるつもりもない。 ただしお前はお前で生きていけ 」 という話になり、それ以降、中学、高校時代はほとんど口もきかなくなりました。

高校は都立三鷹高校に進学しましたが、真一郎は勉強ができたのか、それとも私のような体を使う仕事への反発で勉強せざるをえなかったのか、私にはわかりません。

それでも、真一郎が中央大学に合格したときは、素直に「 こりゃ、お祝いをしてやらなくちゃな 」 と思いました。 ところが、翌年、私が知らない間に早大を受験しなおしていた。 私からすれば中央大学に入学できただけで十分だった。

倅の大学合格が本当にうれしかったから、入学金や学費の面倒も見てやるつもりでいました。 だから早大に入り直したと聞いたときはカーッとなりましてね。 嫁さんから「 入学金のことなんだけど・・・・・・ 」 と相談を受けたときに「 冗談じゃねぇ 」 といいました。

私自身、大学で勉強することは賛成です。 でも私が倅に教えられるのは汗水流して仕事をすること。 勉強に関して父親として教えてやれるものはありませんでした。 だから、早大の入学金は出さなかった。 ただ、学費に関しては、親の義務と思っていたので、四年間だけは面倒を見てやりました。

早大入学後、真一郎には「 大学は四年間だろ?それで卒業できないんなら、それはお前の責任だから親は面倒を見ないぞ。 覚悟しておけ 」 と言い聞かせておりました 」

和田被告は、93年に中大に入学したが、一年後に再受験で早大政経学部に合格。 8年を経て学費滞納のため除籍となったが、昨年四月に同大第二文学部に再入学している。

「 大学四年生を終え、仕送りを止めた時に真一郎はこんなことを言いました。 「 俺は、親父のような生き方はしない。 気楽に生きていく。 だから関わらないでくれ 」 ふてくされていたのかもしれません。 私も「 好きにするがいいさ 」 と思いました。 ですが、結局はこのザマです。

ただ、私はいつも倅に仕事をしろと言っていました。 大学に行ったて遊んでいるとしか思っていませんでしたから、そんなことなら就職しろと。 なんなら知り合いに板前がいるから、そういう上下関係のはっきりしたところで皿洗いからしてみろと。

学生を集めてお祭り騒ぎをしていると聞くと、私に似たのかなと思います。 高校時代の学園祭なんかにも仕切り役で参加していたようですから、倅も人の上に立ってお祭りを仕切ることが好きだったんでしょう。 まあ、私に似たと言っても「 親父のようにはなりたくない 」 が口癖でしたがね。

自分自身の生き方を子供に押し付けるのもなんですが、勉強だけができるのではなく、掃除や洗濯ができたり。 私も祖父に育てられてそういう躾をされてきましたから。 真一郎はそういうものを嫌っていたんでしょう。

SuperFreeの事務所と言われる高田馬場のマンションには岸本君( SuperFreeの黒幕と言われる慶大OB )という相棒と同居をしていると、真一郎から聞いたことがあります。

以前、真一郎は早大近くでワンルームを借りて一人暮らしをしていましたが「 広いところに引っ越した 」 と言う。 家賃のことを聞くと「 岸本君という相棒と同居するから今までの家賃と変わらない 」 とのことでした。

会社経営の話もなんとなくは聞いていました。 倅に商才などありませんから、大丈夫かと思っていましたが「 俺はドンブリ勘定だから駄目だけど、岸本君は学生時代から会社を興していて、そういうことには長けている。 だから心配ない 」 と答えていました。

私からすれば、"会社ごっこ"にしか見えません。 実業家になるような教育なんてした覚えもありませんし。 会社を興そうが、イベントのチケットでピンハネをしようが、もうかるわけがない。 実際に、真一郎に督促状が何通も届いています。 恐らく、数百万円はあるでしょう。

先日、裁判費用や慰謝料が必要になってくるという話を嫁さんにしたところ、蓄えがまったくないと言うんです。 まとまった額があったはずですから、そのお金がなくなるはずがない。 真一郎は年に一、二回、ふらっと帰ってくることがありました。 別に正月でも夏休みでもないのに何の用があったのか・・・・・・。

私だって親ですから、真一郎が母親に金を無心していることくらいわかりますよ。 今は身内の間でなんとか工面をするしかないと考えています。

真一郎が8歳のころの話です。 親戚が北海道に住んでいたので、そこまで一人旅をさせることにしました。 そのころは新潟に住んでいましたので、新潟駅から切符を買わせ、そこから出発させました。

私は当時、商売を広くやっていたので知人が多かった。 駅で真一郎の姿を見かけたある人が「 真一郎君が切符を買いに来ているけど、大丈夫? 」 とあわてて電話をかけてきました。 私は「 どうぞ行かせてください。 リュックには餅も入れてあるし、時刻表もあります。 青森で乗船名簿に名前を書けば、青函連絡線にも乗れる。

後は現地でおじさんに会うだけだと言い聞かせてあるので大丈夫です 」 と答えました。 あとで知った婆さんからは「 何てことする親だ!って怒鳴られましたよ。 でもね、私は小さいころからそういう風に育ててきたんです。

倅にとってはスパルタだったんでしょう。 幼いころから声をかければ「 ハイッ 」 と背筋を伸ばしていましたから。 それを見て、年寄りからは「 何て育て方だ。 子供らしさがちっとも見られないじゃないか 」 とよく怒られました。 その度に私は、子供を育てるんじゃない、"職人"を育てるつもりなんだと答えていました 」

何も大人のような教育をしたって始まらないのはわかっています よ。 ただ、私がそういう生き方をしているんだから、そこから学んでほしいということだけなんです。

真一郎は子供心に、私を殺してやりたいくらいに憎んでいたかもしれません。 私は二十一歳から仕事もできないのに建築現場で請負をやっていました。 だから威勢がいいんですよ。 私のところに来るのは暴走族上がりや不良ばかり。

そんな連中を相手にしてきたから、いつも怒鳴るか殴るか、どっちかでしたよ。 そんな親父とは縁を切りたいと思っていたのかもしれません。

だから倅は警察でも、父親には連絡を取らないでほしいと言っているようです。 当然、倅は私に殺されるくらいのことは思っているでしょう。 実際、倅が外に出てくれば、私が息の根を止めますよ・・・・・・。

私が厳しかった反面、嫁さんは真一郎に対して不憫に思っていたのかもしれません。 "鬼の子"じゃないんだからそんなに厳しくする必要はないと、逆に子供の味方だったかもしれない。 私としてはつい厳しくなっちゃうんですよ。 だから、かわいそうなことをしたのかな、と反省することもあります・・・・・・。

被害者には、真一郎以上に死んでお詫びをしたいという気持ちです。 うちの倅が起こしたことです。 気持ちとして、真正面からお話をお聞きしたいと思っております。 被害者には、人を通じて私の意思を伝えてあります。 ただ、今のところ返事はありません。

今後行われる初公判を傍聴するつもりはまったくありません。 やったことに対して本人が責任を取ることは当たり前です。 実刑を受けるのは当たり前です。 実刑を受けるのはほぼ確実でしょう。 逮捕された他の四人は七、八歳違いますから、真一郎には絶対的なものがあったと思うんです。

ウチの倅が仕切ってやっていたのなら申し訳ないと・・・・・・。 この先、いつ真一郎に会うことになるのかわかりませんが、ひとつ言いたいことがあります。

お前、とことん堕ちるところまで堕ちたな。 潔く死を選ぶくらいのことせいよ、と・・・・・・ 」

父親は最後に「 はらわたをかきむしりたい思いだ 」 と奥歯を噛みしめながら苦渋の表情を浮かべた。 自分の教育が間違っていたのか、と終始繰り返す父親の声は、和田被告に届くのだろうか。

2003年7月11日金曜日 テレビ朝日「 スーパーモーニング 」 ( 08:00 )
「 和田サンの心の闇に迫る 」
和田の中高大学時の同級生・知人へのインタビュー
「 もてなかった 」
「 今でいうオタク 」
「 プライオリティー( 優先順位 )がセックスにある人間 」
和田の中学時代の同級生へのインタビュー
「 感情を表に出すタイプではなかった。 何を考えているのかよく分からず接しにくかった 」
和田の高校時代の同級生へのインタビュー
男性「 暗い。 今でいうオタク 」
女性「 ブランド志向。 身なりには非常に気を遣っていた 」
和田の大学の知人へのインタビュー
「 イベントで大勢を仕切れるからといって女性とマンツーマンになったときに同じようにできるとは限らない。 もてていればそんなこと( 強姦 )をする必要はない。
無理やりヤることでコンプレックスを解消していたのではないか 」
和田のコンプレックスとは
厳格な父親への対抗意識、大人しく目立たなかった自分であり、それを克服しようとした結果が今回の事件ではないか。
渡辺博嗣( 明治大学商学部卒 )
「 アホだね( 見下げ果てた奴だといった感じで )。 ( 和田らは )もてないよ。 もてるんだったらそんなこと( 強姦 )する必要ない 」
橋下徹弁護士( 早稲田大学政治経済学部卒 )
「 早稲田は1980年代に国立大学との併願で偏差値が上がって、イベント向きの人間はあまりいない。 東大であればそれを自覚して表に出ないようにするが、早稲田の場合、勘違いして表に出てしまって失敗することがある。 和田はその例ではないか。
早稲田はいろんな人が入ってくるが、どんなに変な奴が入ってくるとしても集団暴行する奴だけは入ってこないでほしい 」

2003年7月12日土曜日 フジテレビ「 ワッツ!?ニッポン 」 ( 10:00 )
パー券( パーティー券の略称 )販売マニュアル
「 嫁さんをつくる 」
自身単独での販売では限界があることから、女性と交際するふりをして、途中で冷たくあしらう。 これで「 パー券部隊 」 が一人誕生したことになる。 これを繰り返し、「 パー券部隊 」 の数を増やすことがパー券販売拡大につながる。 女性は「 奴隷 」 である。
参加者の女性からイベントのキャンセルの連絡があった場合の対処法「 住所調べて拉致ってマワ( 輪姦 )してソープに沈めるぞ 」 と脅迫し、キャンセルを思いとどまらせる。 これは組織構成員のストレス解消も兼ねている。
※これらのマニュアルは主にコバジュンこと小林潤一郎( 元早稲田大学教育学部4年 )が作成していたという。 さすが元教育学部だけあって組織では「 先生 」 として活躍していたのかもしれない。
元組織構成員へのインタビュー
組織内での昇格条件として、和田はイベントチケットの販売成績よりも女性の献上の方を重視していたのではないか。
大塚範一( めざましテレビキャスター )( 早稲田大学政治経済学部卒 )
「 見るたびに腹が立って仕方がないですね 」
猪瀬直樹( 作家 )( 明治大学大学院政経研究科卒 )
「 マルチ商法みたいだ。 暴力団みたいだね 」
テリー伊藤( タレント )( 早稲田実業中高を経て日本大学卒 )
「 ほんとに早稲田の恥だね 」

2003年7月14日月曜日 週刊ポスト( 2003年7月25日号 )
http://www.weeklypost.com/jp/030725jp/index/index1.html
SuperFreeの黒幕とされる岸本英之( 慶應義塾大学商学部卒 )へのインタビュー中心
和田「 キッシーさんには逆らえない 」
和田よりも一目置かれていたという説も。
組織の黒幕である。
関東地方のある町で発見される。
口ひげとあごひげ、目には疲労が。
岸本英之「 集団セックスは和姦だ 」
事情聴取は2度。 一度は「 11時から21時まで 」
捜査員「 腰に縄をかけてやる 」
和田さんがセックスしてても干渉しない。
岸本英之
「 もちろんレイプなどしていない 」
「 みんなでしていたセックスには参加したことがある 」
「 レイプはしていないし、スーフリのメンバーが目の前でレイプをしたことはない 」
「 俺がいるときはトラブルはなかった 」
「 キッシーさんマジックというやつもいたくらいでね 」
「 強姦はしていない。 止めていた 」
「 女の子の気持ちは声の調子でわかる駄目と言ってもOKの意味。 だから和姦 」
「 逃げているつもりはない 」
「 誓ってレイプはしていない 」
「 とにかくこの騒動が早く静まってくれという気持ちだ 」