裁判の情報7



●第30回公判 2004年3月12日金曜日14:30(第528号法廷)
  傍聴席42席、抽選なし(先着順・おそらく全員傍聴可)

岸本英之(慶應義塾大学商学部卒・株式会社ジョブマガ代表)の証拠調べ手続。
母親が証人として出廷した。
父親は体調不良を理由に出廷せず。
弁護人(小原恒之弁護士)はこの他に3人の証人を準備中。
2003年4月27日の事件の被害者女性には1000万円の示談金を支払済(父母が支出)。
2001年12月19日の事件の被害者女性についても同額を支払う用意あり(受取を拒絶されている)。
約2時間で閉廷する。
次回期日も証拠調べ手続。

(母親の証言)
濃灰スーツ。
家族構成は夫、夫の母と娘。
電気工事業を経営(個人事業主)。自分は事務所で経理事務などをしている。
電気工事とは、住宅の配線・エアコン取付。
従業員1人を雇用している。
事件直後に家族で話し合った。
夫の母(85)は2年前から痴呆症で寝たきりとなっており、事件のことを話したとしても理解できない。
岸本英之は年に2回程度大阪の実家に帰省していた。
接見が禁止されており、会えたのは2004年3月(逮捕は2003年7月)。
合計4回接見した。
  03月08日 母親と婚約者(後述)
  03月09日 母親と弁護人
  03月10日 父母
  03月11日 父母
株式会社ジョブマガ設立にあたって家族は1000万円を岸本英之に貸している。
岸本英之からは月々20万円ずつ返済があった。
家業の取引先はおそらくこの事件について知らないと思う。
出所後は実家に帰らせて家業を継がせる(本人もそれを望んでいる)。
将来は事業を発展させて個人事業主から法人にしたい。
何とおわびしていいか分からない、本当に申し訳ございません、すみませんでしたと謝罪した。
謝罪の言葉はしばらく続き、最後に母親は深々と頭を下げた。
岸本英之はこらえきれず、顔を紅潮させ、しゃくりあげながら涙を流していた。

(弁護人による被告人質問)
坊主頭で浅黒い肌は高校球児を思わせた。
株式会社ジョブマガについては、逮捕直前に友人の会社に営業権を譲渡した。
株式については話が進む前に逮捕されたため、譲渡せずそのままとなっている。
自社株は3000万円分程度あるが、流動性が低く、譲渡できるかは分からない。
構成員の2割程度と親しかった。
スピリタスを使い始めたのは小林潤一郎。考案・指示したのは和田真一郎。
婚約している女性がおり、現在も交際が続いている。
この女性は東京で一人暮しをしており、スーフリとは関係がなく、輪姦の被害者ではない。
2003年5月下旬に知り合った。
岸本英之の出所を待って結婚し、共に大阪に居住する予定。
※2003年4月27日の事件の時点では別の女性と交際し、二次会に連れてきていた。
※なぜ知り合ってから2ヶ月後に逮捕された人間と婚約したのかは不明。
※この女性の妊娠または特定の信仰の有無については不明。
2001年12月19日の事件(組織事務所)では被害者を合わせて3人の女性が事務所にいた。
岸本英之はそのうち被害者以外の2人の女性と既に性交渉を持っていた。 
 
(参考)第19回公判小林潤一郎証言
女性スタッフも組織的輪姦行為について認識していた。
のみならず、和田らの輪姦行為が容易になるよう積極的に協力していた。
具体的には、スペシャルを飲ませたりブロッキングする以外に「献上」があった。
「献上」とは、標的になりやすそうな知人の女性を連れて行き、和田にそれを伝えた上で、自身らもブロッキング等で犯行を幇助すること。
2001年12月19日の事件の被害者女性(19)については、「献上」の結果発生したもの。
「献上」した女性スタッフは和田、岸本らと何らかの見返りの約束があった。
見返りの内容については不明。
ただ、そこまでしても「献上」のメリットはあった様子。
その女性スタッフは合意の上で和田や岸本、小林潤一郎らと乱交していた。

(検察官による被告人質問)
岸本英之は全体的に言い訳がましい。
姦淫の事実については認めて謝罪するものの、飲ませるのは姦淫するためではなかったなど。
岸本英之は姦淫目的で飲酒させたことなど起訴事実の一部について否認している。
他の被告人の供述や物証の写真などをもとに検察官から徹底的に追及されていた。

吉野弦太検察官(関西弁の語調)
岸本「(和田、小林の)3人で相談しているときに和田が小林潤一郎にスピリタスを使うように言っていました」
吉野「じゃあ3人で発明したんじゃないんですか?」
岸本「使おうと言ったのは小林潤一郎です」
吉野「あぁ、言い出しっペがコバジュンだったというだけですか(軽べつした感じで)」
 
岸本「スピリタスを使ったのは姦淫するためではなく女性を開放的な気持ちにさせるためです」
吉野「じゃあ何でウォッカを混入したことを秘密にすんの?」
吉野「開放的な気分になるためにみんなでウォッカ飲もうよって言えばいいじゃない」
吉野「和田の供述調書見ると君は「入れすぎ注意」と言っていたことになってるけど」
吉野「入れすぎると女性にばれるからでしょ」
吉野「ばれると女性が飲まなくなるからじゃないんですか?」
吉野「あなたは合宿で女性を酔いつぶす特訓やってたんじゃないんですか?」
 
吉野「(証言席の岸本に写真のコピーを見せて)あなたこれ何やってんですか?」
岸本「・・・」
吉野「風呂場で電話をしながら酔いつぶれた裸の女性の陰部に手を伸ばしてますね」
吉野「あんた一体誰に電話してたんですか?」
岸本「・・・」
吉野「姦淫するつもりがなくて何でこんなことして写真に撮ってるんですか?」

鶴田洋佐検察官
※2004年4月27日の被害者女性への手紙(受取拒絶)に「拘置所の生活がつらい」と書いたことについて
鶴田「被害者にとってどうだっていいことじゃないんですか?」
鶴田「むしろ、被害者は腹を立てるんじゃないんですか?」
鶴田「あなたが麦飯食べてるなんて被害者は興味ないんじゃないんですか?」

和田逮捕後、2回参考人として取調べを受けた。
そのときは「知らない」としらばっくれていた。
沖縄旅行では骨折していて太ももまでギブスを付けていたが輪姦に参加した。
ギブスをして挿入できるか挑戦だと喜んでいた。
他の者の姦淫のために被害者女性の足を手で押さえていたが挿入はしなかったと必死に弁明していた。
※挿入しなければ実行行為にあたらないと考えている様子。
なぜ自分の交際する女性を輪姦の対象として提供しないのかと聞かれ、「彼女だから」などと答えていた。
2003年6月に母親に「あなたはどうなの?」と聞かれ、「やばい。俺自身も捕まるかもしれない」と答えた。
※母親は「和田は同居している和田さんか」とだけ尋ねたと証言し、食い違いが見られた。
姦淫するつもりはなかったが、「やらないともったない」と思い、姦淫に参加した。

(裁判官による被告人質問)
中谷雄二郎裁判長から以下のとおり質問等を受けていた。
中谷「酔いつぶすつもりはなかったがつぶれたと言いましたね」
中谷「スピリタスのような強い酒を入れれば酔いつぶれるのは分かるんじゃないんですか」
中谷「それにもかかわらず酔いつぶすのを止めたことはなかった」
中谷「姦淫をやめようとも思わなかった」
中谷「どうもあなたの話はよく分からないね」
岸本「ごめんなさい」
中谷「いや、ごめんなさいじゃなくて、あなたの意識の問題でしょ」
中谷「問題はそんなとこにあるんじゃないでしょ」
中谷「集団で、組織的に、計画的に、泥酔させた意識のない女性をいわばシステム的に姦淫した行為だ」
中谷「あなたは姦淫したことについての反省の弁はあるが、そういったことについての反省は全くない」
中谷「慰謝料だってあなたが払ったわけではないでしょ」
中谷「あなたのご両親が2000万円工面するのにどれほど大変だったか」
中谷「ご両親があなたのせいでどれだけ迷惑を被ったか」
中谷「そういうところがあなたの言葉からは全く感じられない」
中谷「最高学府の、いい大学の、いい学部を出た人の言葉としては余りにも寂しい」
中谷「それなりの見識を持って法廷に臨むべきではないんですか」

●第31回公判 2004年3月22日月曜日13:30(第104号法廷)
  傍聴席91席、抽選なし(全員傍聴可)

和田真一郎と岸本英之の証拠調べ手続。
関本雄貴(東京ビジュアルアーツ専門学校中退)が検察側証人として出廷した。
約3時間で閉廷する。
次回期日も証拠調べ手続(検察側証人として関本兄弟が出廷予定)。

13:30開廷。関本雄貴への証人尋問
15:10休憩
15:30和田真一郎への被告人質問
16:30閉廷

(関本雄貴証人への検察官による主尋問)
 
略歴
1999年シナガワゼンジロウ(未逮捕・2000年度組織副代表)の紹介でスーフリ入会。
2000年4月スタッフ就任。
 5〜6月シナガワゼンジロウから輪姦の事実を聞く。
「和田サンは酒の力を借りて女をマワしている。200人以上撃っているらしい」
その後、「すずめのお宿」の非常階段で輪姦を目撃する。
2001年4月輪姦に初参加
和田「撃てるから行ってこいよ」
関本「よかったです。ありがとうございます」
和田「アツかっただろう。また機会があったらやろう」
 東京ビジュアルアーツ専門学校を中退。
2002年5月河口湖での輪姦に参加。他の参加者は和田真一郎や小林大輔等。
2003年5月河口湖で意識のない嘔吐した女性を輪姦する。
2003年5月25日イベント(六本木ヴェルファーレ)の二次会で輪姦する。
 6月クルージング・パーティーで輪姦する。
以下の和田の発言について記憶している。
「立派なスーフリスタッフだな」・・・藤村翔が頻繁に輪姦に参加することについて。
「ノーベル賞ものの開発だ」・・・スペシャルの開発について。
「撃てばやる気が出る」
「東京の怖さを思い知らせてやろうぜ」・・・4月に地方出身の新入生の女性の輪姦を示唆して。
2001年頃から輪姦が活発に行われるようになった。
地方支部のチケットの売上は関西、東海支部を除いて芳しくなかった。
2002年秋に大阪で関西支部のスタッフと輪姦を巡ってトラブルが発生した。
関西支部の支部長と和田がそのことについて話し合っていた。
和田は「スーフリが誰の組織かあいつら分かってんのか?小さなことを言いやがって」と憤慨していた。

(関本雄貴証人への弁護人による反対尋問)
何のアルバイトをしていたかを尋ねていた。
関本雄貴は飲食店(酒を作る)のアルバイトをしていました、と答えた。
和田真一郎の弁護人は関本雄貴が風俗店従業員の女性を勧誘するアルバイトをしていたことを指摘した。
関本雄貴は渋々そのアルバイトについて認めていた。
風俗店従業員勧誘の報酬は10〜15万円/月。
弁護人はさらに関本雄貴が闇金融でアルバイトをしていたことについても指摘していた。
関本雄貴はそのアルバイトについては否定していたが、弁護人は後で証拠を提出するとした。
(参考)関本雄貴は消費者金融で多額の債務を負い、親に返済させていた。
和田真一郎の弁護人としては証人がいかに和田から独立した存在であるかを説明したい様子。

(弁護人による被告人質問)
和田真一郎に対して。
事務所の家賃は岸本英之が負担し、和田真一郎は公共料金を支払っていた。
ミーティング(毎週火曜・18:00〜21:00)の導入は2001年4月。
当時組織副代表のムライシが提案した。
スピリタスの「実用化」は2001年4〜5月。和田と岸本の話し合いによる。
きっかけはシナガワゼンジロウが慶應義塾大学のサークルでスピリタスにより酔いつぶされたこと。
スピリタスは2001年12月19日の鍋パーティーの被害者女性に対しても用いられた。
その女性は和田真一郎が岸本英之に呼んでくるように指示した。
小林潤一郎、岸本英之、和田真一郎の順番で姦淫した。
2003年4〜5月に全国で8回のイベントを開催し、一応全国制覇できたと考えた。
地方支部設立費用は本部が負担した。
他の被告人や証人の自分に関する証言や供述は半分以上事実ではない。
北海道支部の構成員にマワしをさせてやると言ったことはない。
「連帯感」という言葉も使ったことはない。
※藤村翔や関本雄貴、ムラカミケンジ、コンドウシンイチらの証言と矛盾する。
「女は撃つための公共物だ」というのはサクライカツノリ(未逮捕)の言葉を真似た。
1999年当時、半年ほどテレビに出ていたサクライが「ギャルは撃つための公共物だぜ」と言っていた。
その言葉の初出はサクライが掛け持ちしていた明治大学のイベントサークルのようだ。
組織では輪姦を意味する「マワし」という言葉は使われていなかった。
「回転」が一般的で、まれに「ローリング」という言葉が使われていた。
検察官による被告人質問は次回期日に延期。

●第32回公判 2004年3月23日火曜日10:00(第528号法廷)
  傍聴席44席、抽選なし(先着順・おそらく全員傍聴可)

小林潤一郎(元早稲田大学教育学部4年)の証拠調べ手続。
約40分で閉廷する。
4月に裁判官の人事異動があり、次回期日は新編成となる。
次回期日で論告求刑。おそらく次々回で判決。

(検察官の書証の読上げ)
2001年12月19日の被害者女性(19)について
取調べなどで事件のことを聞くと、今でも自然と涙が出る。
事件後、精神的ショックでゲッソリとやせた。
日常生活のあらゆる場面で事件のことが頭に思い浮かんでしまう。
一生事件のことを忘れることはできないんだと思った。
実家の親にはいまだに打ち明けられない。
事件を知らない親がスーパーフリーを引き合いに出して「気をつけるんだよ」と言ってくれた。
それがとてもつらい。
これまで拒絶してきた損害賠償金の受領を考えている。
ただ、たとえ損害賠償金を受け取ったとしても被告人を許すことはできない。

(弁護人による被告人質問)
2003年6月13日に逮捕された。
当初はオバラ弁護士(公判の弁護人とは別)のアドバイスもあり、容疑を否認していた。
オバラ「それは強姦にはならない。(容疑を)認めたらすべてが終わるよ」
その後、被害者女性の調書を読んで考えががらりと変わった。

(裁判官による被告人質問)
自分たちで高アルコール度数の酒を飲ませて姦淫行為に及んでおいてなぜ強姦の認識がないのかと中谷雄二郎裁判長に問いただされていた。

●第33回公判 2004年3月23日火曜日11:00(第528号法廷)
  傍聴席44席、抽選なし(先着順・おそらく全員傍聴可)

沼崎敏行(元早稲田大学政治経済学部3年)の証拠調べ手続。
約1時間で閉廷する。
次回期日で論告求刑。おそらく次々回で判決。

(検察官による被告人質問)
気落ちした面持ちで、ぼそぼそと小さな声で答えていた。
2002年4月にスタッフとなり、2003年4月に形式的に引退していた。
引退後はパーティー券の販売にだけ携わる予定だった。
それはベンチャー企業設立のためのノウハウ吸収と小遣い稼ぎを兼ねていた。
パーティー券の販売成績はトップクラスだった。
のみならずパーティー券の販売制度を作った。
その制度は「ヌマーケティング(沼崎+マーケティングの造語)」と呼ばれていた。
組織では「和み班」であり、輪姦については否定的だった。
ただし、ブロッキング等には参加していた。
パーティー券の販売成績さえよければ「鬼畜」にならなくても1軍に昇格できた。
スペシャルの存在は知っていたが、自分で作ったことはなかった。
輪姦を断り、和田らに「お前は動きが悪い」「お前だけいい顔するな」と言われたことがある。
引退後のパーティー券販売継続の都合上、輪姦を断りにくかった。
岸本英之に対してカリスマを感じ、憧れを抱いていたこともあった。
輪姦には3〜4回参加した。
何度か被害者女性に謝罪の手紙を書いたが受取を拒絶されている。
損害賠償金の受取を拒絶されているため、その一部である300万円を供託している。
2003年5月18日は小林大輔に呼ばれて輪姦に参加した。
小林「エロい子がいるよ」※被害者女性は非常階段で意識混濁状態。
沼崎「えーどこどこー?」※輪姦が行われているとの認識あり。
その後、被害者女性の首にまたがり、陰茎を顔に押し付けるなどして「なめてなめて」と言っていた。

●第34回公判 2004年3月24日水曜日10:00(第528号法廷)
  傍聴席44席、抽選なし(先着順・おそらく全員傍聴可)

藤村翔(元日本大学法学部3年)の証拠調べ手続。
約45分で閉廷する。
次回期日で論告求刑。おそらく次々回で判決。

(検察官による被告人質問)
2003年4月27日の事件について和田は北海道支部の構成員を輪姦に参加させようと言っていた。
2003年5月18日の事件の被害者女性(20)は泣きながら「馬鹿にするんじゃないわよ」と怒鳴り込んできた。
今までこれほど怒りをあらわにした被害者女性はいなかった。
2003年4月19日に、組織事務所で輪姦されそうになった3人の女性が脱出した。
(輪姦された?)1人の女性が路上で2時間ほど泣いていた。
かつて副代表だったムライシがその女性をなだめていた。

(裁判官による被告人質問)
中谷雄二郎裁判長は高校時代優等生で大学・学部とも希望通りだった藤村翔がなぜスーフリに加入したのかが疑問のようだった。
藤村翔は、高校時代は充実していたとはいえ勉強・部活に追われていたが、大学生活はもっと楽しみたかった。法学部に入るという以外に明確な目標がなかったのも一因。生活も荒れていたし、現実から逃げていた感じだったと答えていた。
藤村翔の組織序列は4位(和田、サヴ(サトウシンイチロウ)、エザワ、藤村、吉野の順)。
※OB等と引退した小林潤一郎を除く。3〜5位にほとんど差異はない。
裁判長から、組織的、計画的な犯行であり、被害者の心情をどのように考えているのかと聞かれた藤村翔は、「これから真面目に生きて恩返ししたい」と答えたところで言葉につまり、涙を流していた。