裁判の情報5



●第20回公判 2004年2月25日水曜日10:00(第528号法廷)
  傍聴席45席、抽選なし(先着順・おそらく全員の傍聴は不可)

若松直樹(早稲田大学理工学部卒)の弁論手続。
検察は懲役4年を求刑。
約20分で閉廷する。
次回期日で判決。

●第21回公判 2004年2月25日水曜日13:30(第528号法廷)
  傍聴席45席、抽選なし(先着順・おそらく全員の傍聴は不可)

吉野豪洋(元法政大学経済学部3年)の証拠調べ手続と弁論手続。
検察は懲役4年を求刑。
吉野は法政大学経済学部を退学処分となり、同大同学部に謝罪文を送付した。
出所後は自営業の父親の跡を継ぐ予定。
比較的ハキハキとしゃべる被告人が多い中で、吉野は消え入るように小さな声で証言し、検察官が尋問するたびに「すいません、すいません」とつぶやいていた。
約1時間で閉廷する。
次回期日で判決。

(弁護人による被告人質問)
名古屋市生まれ。中高一貫校を経て、法政大学経済学部に入学した。
高校時代は孤独な学生生活だった(友人がいなかった)。
高校に居場所がなかった。
つらくて高校を何度も辞めようと思った。
お立ち台でパーティー会場を仕切る先輩にあこがれてスーフリに入会した。
自分の居場所、生きがいを見つけられたと思った。
自身もパーティー会場ではお立ち台に立ち、場を仕切る業務についていた。
略歴。
 
2001年04月法政大学経済学部入学(現役)。
 12月スーフリのイベントに初参加。
2002年04月イベントに二度目の参加。
 06月スーフリ入会。下旬に組織的な輪姦集団であると知る。
 09月輪姦に初参加する(和田の指示を受け女性を事務所に連れて行き姦淫する)。
 10月ボーイズから2軍に昇格する。
 12月2軍から1軍に昇格する。
2003年10月2003年4月27日の事件について逮捕される。
和田の「イベントサークルならどこでもやってることだから」との言葉を真に受けて輪姦に参加した。
「お持ち帰り」をして岸本英之に殴られたことがある。
「お持ち帰り」をした別のスタッフを殴る和田を見たこともある。
犯行当時交際している女性がいた。
殴られるのが怖くて輪姦に参加していたと答え、検察から「それなら辞めればいいだけ」と追及されていた。
現在約100万円の預金がある(示談金は全額父親が出した様子)。

(裁判官による被告人質問)
2003年4月27日の事件以外は女性の同意があったというが、単に偶然、事後に騒ぎたてられなかったことをもってそう言っているだけではないのか、実際には多くの女性が泣き寝入りしているのではないのか、と追及されていた。
中谷雄二郎裁判長からの質問
冷静沈着でやや冷淡とさえいえる裁判長がいつになく熱くなっていた。
他の被告人については形式的に一言、二言質問することが多いが、吉野については非常に長く時間をとっていた。
他の被告人が反省を口にしてはいるもののどこか弁護人との打ち合わせどおりと思われる薄っぺらさを感じさせるのに対し、吉野の態度が関本隆浩同様、真摯なものを感じさせるところがあったせいかもしれない。
  「交際していた女性はいるのか?」「はい」
  「どういう関係だった?自分の欲望のはけ口にしていただけか(やや声を荒げて)?」
  「この事件で女性がどれだけ傷つくかなぜ考えられない(厳しい詰問調で)?」
  「この事件は何かの弾みでなんていうものじゃない」
  「周到に用意計画されていたおぞましい行為だ」
  「その責任を負わなければならないことは分かってるだろうね」
  「どういうことだ(憤まんやるかたないといった調子で)!?」
その他、将来設計について質問していた(父親の自営業を継ぐ予定)。
今後は両親が笑顔を見せるような生き方をしていきたいと答えていた。

●第22回公判 2004年2月25日水曜日14:30(第528号法廷)
  傍聴席45席、抽選なし(先着順・おそらく全員の傍聴は不可)

沼崎敏行(元早稲田大学政治経済学部3年)の証拠調べ手続。
両親が証人として出廷した。
家族構成は両親と妹。
次回期日で論告求刑、おそらく次々回で判決予定。

●第23回公判 2004年2月26日水曜日10:00(第528号法廷)
  傍聴席46席、抽選なし(先着順・おそらく全員傍聴可)

吉村直(慶應義塾大学経済学部2年)の弁論手続。
検察は懲役4年を求刑。
約20分で閉廷する。
次回期日で判決。
吉村は2004年3月中に退学処分となる見込み(学部長から父親と弁護人に告知)。
吉村は居酒屋のみならず、組織事務所での犯行にも加わっていた。
居酒屋での輪姦直後、被害者女性を男子トイレに押し込み、その後乗用車に乗せた。

●第24回公判 2004年2月26日水曜日11:00(第528号法廷)
  傍聴席46席、抽選なし(先着順・おそらく全員傍聴可)

宇田篤史(読売東京理工専門学校中退)の証拠調べ手続。
2003年9月26日に逮捕された。
示談金の600万円支払の用意ができた。
約1時間で閉廷する。
次回期日で論告求刑、おそらく次々回で判決。
当初、任意の取調べで犯行を自白したが、後に犯行を否定する虚偽の内容証明郵便を送付した。
虚偽の内容は、自分と弁護士の意見が半分ずつのデタラメの作文(無理やり自白させられた等)。
弁護士(公判の弁護人とは別)を若松直樹から紹介され、新宿で会った。
その弁護士の名はオバラ。
若松によると、その弁護士に任せておけば大丈夫ということだった。
急性アルコール中毒で最悪の場合女性を死亡させる可能性について危機感は全くなかった。
逮捕当時交際している女性がいた。
宇田は輪姦対象の女性は性に開放的で輪姦されても意に介さないと考えていたと答えた。
すかさず吉野弦太検察官は「なぜ自分の交際している女性を輪姦の対象として提供しないのか」と尋ねた。
すると、宇田は「自分の彼女が心も体も傷ついてしまうから」と答えていた。
結局その場限りだからこそ輪姦の対象にできたんでしょ?と検察官から追及されていた。
※宇田や和田、コバジュンらはその場で弁護人との打ち合わせどおり答える術には長けているが、肝心の説得力という点では0といった印象。
宇田は初対面の女性なのになぜ性に開放的だと分かるのかと追及されて言葉に窮していた。
宇田は仲間を裏切り、自身は犯行に関与していないとして情報を報道機関に売っていた。
タナカという知人から依頼を受けてインタビューに応じた。
宇田が得た報酬は合計約30万円。
その金銭を被害者女性への賠償に充てているかは不明。
吉野弦太検察官から、「テレビのインタビューに何て答えてたんですか」と質問される。
宇田は「酒の飲ませ方や和田の人物像について答えてました」と説明した。
すると、吉野弦太検察官は、「その他にも、組織事務所を指差して、ここがマワしの現場です、とテレビでへらへら笑って答えていたんじゃないんですか?」と追及した。
宇田はそのインタビューは2003年6月26日頃のことだと証言した。
吉野弦太検察官は、以上の点からすると、宇田はたまたま逮捕されたから罪を認めたのであって、被害者女性を虫けらのように思っていたのではないか、と追及していた。