裁判の情報3



●第12回公判 2004年2月03日火曜日15:30(第528号法廷)
  傍聴席42席、抽選なし(先着順・全員傍聴可)

高山知幸(東京大学農学部応用生命科学課程3年)の証拠調べ手続。
父親が証人として出廷。
父親は甲高い声で早口で証言していた。
約1時間半で閉廷する。
弁護人を通じ父親が被害者側に600万円を支払った(送金した)。
この弁護人は吉野豪洋、吉村直、若松直樹についても代理して600万円を支払った(送金した)。
見舞金、慰謝金と何度か言い換えていることなどからすると示談は成立していない可能性。
次回期日で論告求刑。次々回でおそらく判決。

(父親の証言)
自分の夢を子に託す(高学歴の獲得)ことを考えるあまり心の教育ができていなかった。
高山知幸とは同居していたが仕事に追われ週に1、2回ほどしか会話がなかった。
高山知幸がスーフリに入っていたのを知ったのは高山知幸が逮捕されてから。
(参考)小泉創一郎の父親は2003年6月の時点で息子を問いただしている。
※この父親は現在に至っても、以下の検察官の質問にほとんど全く答えられなかった。「高山知幸がいつスーフリに入ったのか」「いつスタッフになったのか」
高山知幸は中学高校時代は卓球部に所属していた。
2003年11月14日に自主退学届を提出したが学部長(東大農学部)預かりとなっている。
※調査委員会を経て評議員議会で処分を決定するとのこと。おそらく自主退学届は受理されず、退学処分となる様子。
被害者側とは会えておらず、住所や電話番号についても知らない。
子供は高山知幸の他に娘がいる。
高山知幸は人に影響されやすい性格。
接見禁止が解かれたのは12月前後。
それから10回ほど接見に行った。
接見の時間は最初は20分ほど、最後の頃は5分ほど。

(弁護人による被告人質問)
スタッフになったのは2002年6月。コバダイこと小林大輔に誘われて。
2002年7月に彼女ができたが1〜2ヶ月で別れた。それ以後は彼女はいない。
※元々の容姿等に加え、輪姦に忙しくそれどころではなかったのではないかとの見方もある。
組織内の輪姦の事実についての認識は以下のとおり。
 
2002年06月スタッフ就任。ボーイズ仲間から上の人が輪姦をやっているらしいと聞く。
07月和田らの前で女性が泣いているのを目撃した。
08月和田らの前で女性が泣いているのを目撃した。
09月同時期にスタッフになった小泉創一郎から輪姦の自慢話を聞いた。
 →ここではっきりとスーフリが組織的な輪姦集団であると認識。
 →それにもかかわらず、組織をやめることも通報もしなかった。
10月13日初めて輪姦に参加した。
 →以後、輪姦が当たり前となり、罪悪感や嫌悪感はなかった。
合計10回ほど輪姦に参加した。
組織をやめるのは難しくなかったが、やめようとは思わなかった。
現在、将来の社会復帰のために東京拘置所で勉強をしている。
将来自分が結婚する際に、強姦の前科で拒否反応が起こることは覚悟している。

強姦魔の自分と結婚する女性が存在しうると楽観的に考えている様子。
検察官から被害者女性は高山知幸のように将来のことを考えられる状態と思うのかと皮肉られていた。

(検察官による被告人質問)
2003年6月に和田らがどんどん逮捕されてから何をしていたのか。
任意で取調べを受けたりしていた。自分はやっていないと嘘をついていた。
輪姦について「普通のことではない」「多少の後ろめたさがあった」と答え、検察官にその程度の認識か、とあきれられていた。
「みんながやっているから」と言うが、赤信号を無視するのとは訳が違うだろうと追及されていた。
「女性作家の本を多く読んで女性の気持ちを理解しようとしている」と答え、検察官に「自分で理解しなきゃ意味ないでしょ」と一笑に付されていた。

(裁判官による被告人質問)
誰に最も影響を受けたか。
当初はコバジュンこと小林大輔の見習だったので小林大輔だが、一ヶ月くらい後からゴンタこと藤村翔に配属されたので藤村翔。
「法に触れなければなにをやってもいい」と考えていたというが、自分がやっていたことが本当に法に触れないと考えていたのか、と裁判官もあきれていた。

●第13回公判 2004年2月04日水曜日10:00(第528号法廷)
  傍聴席42席、抽選なし(先着順・全員傍聴可)

吉村直(慶應義塾大学経済学部2年)の証拠調べ手続。
父親が証人として出廷。
父親は中肉中背・白髪交じりで50代といったところ。
約1時間で閉廷する。
弁護人を通じ被害者側に600万円を支払った。
被害者女性は、示談金を支払っていない被告人はもちろん、支払った被告人についても自分から寛大な処分を求めるつもりはないと言っている。
次回期日で論告求刑。次々回でおそらく判決。

(父親の証言)
父親は建築設計事務所(構造設計)を経営している。
事務所は自宅を兼用している。
ここ3年事務所の経営は芳しくない。
示談金の600万円は妻の父親から借りた。
返済方法は明確に決まってはいないが、3年を目処に父親が返済する予定。
家族は妻、吉村直と娘(姉)。
吉村直は地元の小中高校を卒業した。
※本人が作成したと思われるホームページによると埼玉県立浦和高校卒業。
中学時代は卓球部に所属していた。
高校時代は1年夏までラグビー部に所属していた。
息子のスーフリ入会を知ったのは2003年3月。
スタッフになった息子を辞めさせたいと妻に相談されて。
母親はケバケバしい男女が写ったパンフレットを見て辞めさせたいと考えた。
自分は辞めろとまではいわなかったが気をつけるように注意した。
いつもは24:00頃までには帰っていたのに朝帰りするようになった。
母親は常々スタッフを辞めるように言っていた。
2003年6月の事件発覚後、携帯電話に電話して家に帰らせ問いただした。
自分は関係ないと答えたので息子を信用することにした。
息子が逮捕されたときは衝撃でその場にしゃがみこんでしまった。
母親は心労からか2003年7月に脳内出血で倒れ入院した。
その後2003年11月25日に退院したが体調は芳しくない。
事件報道後、慶應義塾大学経済学部長に呼出を受けた。
学部長からは大学の名誉を傷つけられたと言われた。
その他、退学処分を示唆された。

(弁護人による被告人質問)
中学高校時代に彼女はいなかった。
大学1年次にテニスサークルに入ったがすぐにやめた。
2002年6月から週3〜4日、17:00〜23:00居酒屋でアルバイトをした(自給900円)。
貯金は120万円ほどあった。
スーフリに客として参加したのは2002年10月、12月の2回。
中学時代の友人に誘われたのがきっかけだった。
特に女性とは知り合えなかった。ダンスも踊れない。
パーティー券を高山知幸から買ったのがきっかけでスタッフに勧誘された。
その結果、2003年2月にボーイズとなり高山知幸に配属される。
2003年4月27日の犯行当時はボーイズだったが、同年5月に2軍になる。
スーフリが組織的な輪姦集団であることを知ったのはスタッフ就任直後の2003年2月。立教大学にチラシ配布に行った際に待ち合わせ場所の喫茶店で。
輪姦に言及していたのはコバジュンこと小林潤一郎とゴンタこと藤村翔。

(検察官による被告人質問)
スペシャルを作っていたが自分が高アルコール度数のそれを飲むことはしなかった。
反省していたというが、自首することなく逮捕された。

(裁判官による被告人質問)
中谷雄二郎裁判官から、「これは何かのはずみなんかではなく、計画的・常習的な犯行。その責任を負わなきゃいけないことは分かってるね」と冷たい声で引導を渡されていた。
「輪姦に参加したのは2003年4月27日の1件というが、スペシャルを作るなどして、他の被害者が出ることに加担したことは分かってるんだろうね」と念を押されていた。

●第14回公判 2004年2月04日水曜日11:00(第528号法廷)
  傍聴席42席、抽選なし(先着順・全員傍聴可)

宇田篤史の証拠調べ手続。
父親が証人として出廷。
父親は大柄で太め。茶色に染色した髪で出廷し、太い声で証言していた。
約1時間で閉廷する。
被害者側との示談は成立していない。
次回期日で論告求刑。おそらく次々回で判決。

(父親の証言)
自分は埼玉県にある市役所の環境センターに勤務している。
環境センターとはごみ・し尿処理施設。
家族は妻と宇田篤史と娘(妹)と、転居後自分の母親が加わった。
家族は2003年12月2日に東京都葛飾区の自分の実家に転居した。
転居の理由は逮捕報道(2003年11月5日)後、イタズラ・脅迫電話が相次いだため。
※宇田篤史は自らの犯罪行為については全面否定したあげくに仲間を裏切り、報道機関に犯罪手口を吹聴して取材謝礼をせしめるなど極めて悪質で、報道機関からは2003年11月に新たに逮捕された8人の中で最も厳しい扱いを受けていた。
それまでの住居は公団の賃貸住宅。
パートに出ていた妻は退職を余儀なくされた。
妹は2004年4月に推薦で大学入学予定。
宇田篤史は読売東京理工専門学校臨床工学科に入学したが半年で退学した。
同校では人工心肺・腎臓等の取扱を学んでいた(臨床工学技士を目指す学科)。
退学後はDJや引越のアルバイトをしていた。
スーフリのDJを始めた(2002年4月)のを知ったのは事件が報道されてから。
輪姦の事実を知ったのは2003年に宇田篤史が麻布署に任意の取調べを受けてから。
宇田篤史は自分はやってないといっていたので息子を信用することにした。
600万円の示談金は支払っておらず、示談は成立していない。
現在用意できるのは銀行からの融資を含めて300万円程度。
実家は持家+借地権で土地の所有権がないため不動産担保による融資は受けられなかった。
※親族等からの借入も含めてたかだか600万円すら用意できない様子。
残りは分割払いでと都合のいい申込をしたが被害者側からは当然断られた。
父親は何度か接見に行った。母親は毎日のように行っていた。

(弁護人による被告人質問)
スーフリに関わったきっかけは、2002年4月に後輩の代わりにDJの仕事を引き受けたこと。
そのため正式にはスタッフではない。
スーフリのイベントがある都度、電話でDJの依頼があった。
DJは1回1〜1.5万円の報酬で15回程度引き受けた。
当日に加え、2週間前に1度、3〜4日前からは毎日、組織事務所等で打ち合わせをした。
2002年4〜6月は音響を担当するサヴこと佐藤慎一郎のみとの付き合いだった。
地方のイベントにも出張で参加することで他のスタッフとも親しくなった。
スーフリが組織的な輪姦集団であると確信したのは2002年7月。
ジェイマックス(名古屋)でのイベント後に輪姦を目撃して。
2003年4月19日に始めて輪姦に参加した(組織事務所)。
いつもは二次会後帰宅していたが、20日早朝に仙台へ出張するため組織事務所に泊まっていた。
サヴもその場にいた。
2003年4月27日の輪姦では関本雄貴に「宇田さんアツいですよ」と案内されて参加した。
当初、麻布署の任意の取調を受けて犯行を自白した。
ところが、その後弁護人を立てて犯行を否認する虚偽の内容証明郵便を送付した。

●第15回公判 2004年2月09日月曜日10:00(第528号法廷)
  傍聴席43席、抽選なし(先着順・全員傍聴可)

若松直樹(早稲田大学理工学部卒)の証拠調べ手続。
父親が証人として出廷。
父親は小柄で太め。緑シャツ黒ベスト紺ズボンで低い声で証言していた。
約1時間で閉廷する。
父親が600万円を支払い被害者側と示談が成立しているが、示談書は作成されていない。
次回期日で論告求刑。おそらく次々回で判決。

(父親の証言)
家族構成は妻と娘(妹)と母。
愛知県碧南市に居住している。
現在、母親(祖母)が白血病と骨髄腫を併発している。
若松直樹の過去の公判は夫婦で傍聴している。
接見は娘が2003年12月26日、妻が2004年1月半ばにしている。
自分は仕事で多忙で接見には行っていない。
会社関係者や友人を通じて差入などがなされているようだ。
要町の下宿は逮捕から3週間後に引き払い、荷物は実家に運んである。
若松直樹の出所後の就職先については目処がついている様子。
出所後は愛知県碧南市の実家に戻らせ監督していくとのこと。

(弁護人による被告人質問)
証言前は傍聴席を見渡すなど余裕の表情。
証言が始まると人が変わったように殊勝な態度を見せていた。
大学入学後の経過は以下のとおり。
 
1996年4月大学入学、スーフリ入会
1999年秋引退
2001年3月大学卒業(一留)
2002年春就職した会社を辞め、岸本の仕事を手伝うようになった。それにともないイベントにも再び参加するようになった。
1999年秋の引退間際に輪姦に参加した。
2002年春以降のイベントには二次会を含めてほぼすべて参加した。
謝罪の手紙を書いたが被害者には受取を拒否された。
自分自身の貯金はほとんどない。
出所後はコンピュータ関係の仕事に就きたいと考えている。
現在、拘置所内で基本情報技術者の資格試験の勉強をしている。
弁護人を通じ計10冊程度資格試験の参考書の差入を受けた。
交際している女性がおり、事件後も接見に来てもらっている。
その女性から差入も受けている。

(裁判官による被告人質問)
社会人(逮捕当時27歳)になってまで学生の集まりに参加し、凶悪犯罪に加わったことについて裁判官は信じられないといった表情で首をかしげていた。
若松に接する態度からすると、裁判官の心証は非常に悪いように思われた。

●第16回公判 2004年2月12日木曜日13:30(第104号法廷)
  傍聴席80席、抽選参加者113人(約1.4倍)

和田真一郎、沼崎敏行、岸本英之の証拠調べ手続。
2003年4月27日と同年5月18日の事件についての審理。
藤村翔が証人として出廷。
約3時間半で閉廷する。

13:30開廷、弁護人による被告人質問(藤村翔)
14:45休憩
15:15弁護人による被告人質問(和田真一郎)
17:00閉廷

和田真一郎がようやく染色した長髪を散髪し、坊主頭にしていた。
北海道支部のスタッフも輪姦に参加していた。

今後、沼崎敏行と岸本英之の公判が分離される。
「和田被告が反省の言葉」(日本テレビ)
http://www.geocities.jp/wsbeast/040212trial.avi