裁判の情報1



●初公判 2003年9月17日水曜日10:00(第103号法廷)
  傍聴席56席、抽選参加者219人(約3.9倍)(2003年9月17日付読売新聞)

★法廷内見取図
                  
                 (小柄、短髪)
                 小原恒之弁護士(毛髪あり、やせ型で青白い)
                 (眼鏡、禿げ上がったスキンヘッド)
                   (眼鏡、毛髪薄い、白髪あごひげ、小太り)
                   
 
                   
                 
                 
                   
 
 
                  
                

裁判官・検察官は3名ずつ(全員男性)
各被告人の両脇に警備担当事務官(計12人)

冒頭手続に加え、証拠調べ手続のうち書証についての同意・不同意の確認等が行われる。
10分ほどで閉廷する。
和田らは染色した長髪のままで出廷。和田は白シャツに黒ズボン。
藤村翔は眼鏡をかけていた。
小林潤一郎は落ち着きがなかった。
傍聴人は若年者が多かった(2003年9月17日付読売新聞)
全員容疑を認めたが、和田のみ計画性について以下のとおり否認。
「姦淫した事実は間違いありません。その点は深く反省し、申し訳ない気持ちです。ただ計画的にしたことではありません」

あまりに強姦を繰り返したために感覚が鈍麻し、「計画」という言葉の意味を理解できなくなったのではないかとの見方もある。

検察冒頭陳述(2003年9月17日付朝日新聞)
和田の発言として陳述
「まわし(輪姦)に参加しないと連帯感が生まれない」
「まわし(暴行)に参加しないスタッフは、スタッフじゃない」
甲事件(2003年5月18日)
六本木の居酒屋での犯行。
和田、小林潤一郎、沼崎、藤村、小林大輔が女子大学生(20)を輪姦。
女性が酔って泣き始めると、人通りのない別の階に連れて行った。
証拠隠滅のために女性の携帯電話から自分たちの番号を消去した。
居酒屋に戻った女性が怒りを抑えきれずに怒鳴り始めると、
「何のことだかわからないよ。酔っぱらいすぎだよ。もう帰ろう」
とその場を取り繕った。
帰り道に和田らは「あれは合意の上だった」と口裏合わせをした。
乙事件(2001年12月19日)
組織事務所(高田馬場)での「鍋パーティー」の際の犯行。
和田、岸本、小林潤一郎の3人が女子大学生(19)を姦淫。
アルコール度数の高いウォッカを混入した「スペシャルサワー」を準備。
ゲームの罰ゲームとしてこのサワー等を約12杯一気飲みさせた。
「もう飲めません」と拒んでも「ルールだから」と飲ませ続けた。
女性が意識を失ったところで別室に引きずり込んだ。

和田らは被害者女性2名にそれぞれ謝罪の手紙を送ったが、受取を拒否されている
(2003年9月17日付毎日新聞)
見え透いた情状酌量の減刑狙いが認められるほど世間は甘くないということではないかとの見方もある。

●第2回公判 2003年9月30日火曜日13:30(第104号法廷)
  傍聴席56席、抽選参加者115人(約2.1倍)

初公判と同じ6人の被告人が出廷。
10分ほど遅れて始まった。
弁護人の申入れで被告人質問が延期されたため、15分ほどで閉廷した。
和田は黒のスーツに白シャツ。
藤村はグレーのスーツに薄い青のシャツ、銀縁眼鏡。落ち着きがなかった。
沼崎は深緑のデニム地のシャツ(上着なし)
小林(潤)と小林(大)は濃紺のスーツに白シャツ、眼鏡。
岸本は黒スーツに白シャツ、眼鏡。
6人の被告人のうち、沼崎敏行が染色した長髪を散髪し、坊主頭にしていた。

●第3回公判 2003年11月06日木曜日10:00(第103号法廷)
  傍聴席57席、抽選参加者92人(約1.6倍)

抽選参加者の9割程度が男性(30代前後でスーツ着用の場合が多い。次に学生風)。
初公判の6人(藤村、和田、小林(大)、小林(潤)、沼崎、岸本)に吉野と宇田を加えた8人が出廷。
昨日逮捕が報道された丙事件(2003年4月27日)についての冒頭手続。
冒頭手続のうち人定質問、起訴状朗読がなされたが、罪状認否は未済。
甲、乙事件(2003年5月18日、2001年12月19日)についての審理は行われず。
以上からすると、昨日5日に逮捕が報道された7人は10月に既に逮捕されていた可能性。
10分ほどで閉廷する。
和田はやせて頬がこけていた。
藤村と小林(潤)はしきりに傍聴席の方を振り返っていた。
それ以外の者は振り返らなかった。
吉野だけが私服で残りの7人はスーツだった。
和田以外は全員眼鏡をかけていた。
沼崎以外の全員が染色した長髪のままだった。
閉廷後、警備担当事務官がいっせいに和田らに手錠をかけ、青い腰縄で拘束していた。

若松、関本、小泉も起訴済だが公判期日は未定。
少年A、少年Bについては不明だが、事件の悪質さからすると、家裁送致後いわゆる逆送により起訴されるのではないかとの見方もある→逆送・起訴済

(参考)少年事件手続の流れ(香川県警)
http://www.pref.kagawa.jp/police/soudan/syounen/tetuzuki1.htm

(参考)1998年1月に大阪府堺市で幼稚園児1人を死亡させ、その母親と女子高生に重傷を負わせた通り魔事件で、当時19歳だった被告人(男)が、月刊誌「新潮45」に実名と写真を掲載されたとして、発行元の新潮社側に2,200万円の損害賠償を求める民事訴訟を提起した。

地裁判決では新潮社側に250万円を支払うよう命じる判決がなされたが、高裁での控訴審判決(2000年2月28日・確定)では、「少年法は、少年に実名で報道されない権利を与えたものではなく、重大事件の場合、憲法の表現の自由に優先すると解することもできない」と述べ、新潮社側に賠償を命じた大阪地裁判決を取り消した(2000年3月4日付琉球新報)。

(参考)イギリスでは殺人や強姦等の凶悪犯罪の場合、10歳以上で刑事法廷で審理でき、裁判官の判断で実名を公表できる。1993年に10歳の少年二人が2歳の幼児を殺害したバルジャー事件では、刑事法廷での審理・実名公表・写真報道がなされた(2003年8月15日付毎日新聞)。

●第4回公判 2003年12月3日水曜日10:00(第104号法廷)
  傍聴席72席、抽選参加者72人(抽選なし・全員傍聴可)

★法廷内見取図
                      
                        
                    
                    
                    
                      
                    
 
                       
                   
                   
                       
 
 
                      
                    

裁判官・検察官は3名ずつ(全員男性)
修:司法修習生(女性)
各被告人の両脇に警備担当事務官(計16人)

藤村、和田、小林(大)、小林(潤)、沼崎、岸本、吉野、吉村直(逮捕時19歳・現在20歳)の8人が出廷。
吉村直の人定質問と起訴状朗読が行われる(さいたま市南区白幡2在住の慶大経済学部2年生)。
和田と吉野、吉村以外の5人が坊主頭にしていた(法廷で軽い驚きの声が上がった)。
これで「古株」の6人で染色した長髪のままでいるのは和田のみとなった。
吉野、吉村を除く和田ら6人は約半年に及ぶ拘留で陽に当たる機会が少ないせいか青白かった。
少年は二人とも既に起訴されていた様子。
弁護人は初公判の4人から10人(前列5・後列5)に増えていた(60〜70代でみるからに老齢)。
吉野と吉村は私服、それ以外の者は紺、黒のスーツに白シャツ(ネクタイはなし)。
10分ほどで閉廷する。
中谷雄二郎裁判長が弁護人らの都合による審理の遅れについて遺憾の意を表明していた。

 早大ス−パーフリー「レイプ」事件裁判傍聴記 12/3(SPIKE)
 http://www.h5.dion.ne.jp/~cube/0_spike/spike_news/sf/sf_dai4kouhan.htm
 ※SPIKE・・・早大生が中心となって編集しているデザイン系フリーマガジン

●第5回公判 2003年12月12日金曜日11:00(第528法廷)
  傍聴席44席、抽選参加者11人(抽選なし・全員傍聴可)

宇田篤史、小泉創一郎、若松直樹の3人が出廷。
全員紺・黒のスーツに白シャツ(ネクタイなし)。
小泉、若松は初公判となる。
人定質問・起訴状朗読等の冒頭手続。
全員坊主頭にしていた。
若松は1976年10月31日生(27歳)。本籍は愛知県。
宇田は都内の専門学校を中退。
小泉は1982年12月24日生(20歳)。21歳となる誕生日の翌日に2回目の公判予定。
小泉は産能大学経営学部2年に在籍していたが、現在は自主退学済(本人が答えられず弁護人が発言)。
宇田と小泉は窃盗の非行歴あり。
罪状認否については3人とも認めていたが、宇田と小泉が妙なところで否認。
具体的には、女性を姦淫したことは認めるが、直接的には酒を飲ませてはいないというもの。
裁判長の「被害者の酩酊状態に乗じて姦淫したことは認めるんですか」との問いには認めると発言。
発言を求められた弁護人も「本人は(自身らの罪について)よく分かっておりますので」と釈明。
小泉は非公開の被害者女性の氏名を危うく口にしかけるなど頭が回らない様子。
検察冒頭陳述で述べられた和田の発言
「撃って来い(強姦して来い)」
「みんなでマワすんだ」
「女は撃つための公共物だ」
「撃った後で和んでおけば犯罪にならない」
「俺が大学に在籍しているのは、4月のためといっても言いすぎじゃない」
(多くの主として酒席に不慣れな新入生の女性を強姦できるため)
「(4月には)15〜20人は撃つぞ。ガンガン撃ちまくるぞ」
「(2003年4月27日には)札幌支部と福岡支部のスタッフも来るからそいつらにも撃たせてやろう」
「スタッフ強化合宿」なる強姦の手口の習熟を図る合宿を開いていた。
具体的には「スペシャル」の作り方や強姦をしても処罰されない「必勝法」の指導。

※スペシャル・・・スピリタス(アルコール度数96度のポーランド産ウォッカ)等を混入した高アルコール度数の酒類。

●第6回公判 2003年12月12日金曜日16:00(第528法廷)
  傍聴席44、抽選なし(全員傍聴可)

2003年4月27日の六本木居酒屋踊り場での事件についての審理。
関本雄貴、関本隆浩の2人が出廷。
2人は兄弟(栃木県出身)。
人定質問等の冒頭手続と一部証拠調べ手続。
2人は初公判となる。
関本雄貴は黒のスーツ。
関本隆浩は紺セーター、白シャツに灰ズボン。
関本隆浩は眼鏡をかけ目が細くやせ型。
2人は染色した長髪のままで出廷。
関本雄貴は専門学校を中退後職を転々とし、犯行時は無職。
関本隆浩は栃木県の高校を卒業後、東京電機大学工学部2年に在籍していたが、現在は自主退学済。
関本隆浩は犯行当時19歳だったが現在は成年(1983年9月20日生)。
被害者女性(当時18歳)の証言(書面)
「強い憤りを感じています。絶対に許すことはできません」
被害者女性の母親の証言(書面)
「娘はリビングのソファに座ると突然泣き出しました。理由を聞いてみると、事件に遭った(約20名に強姦された)ということでした。娘は過食症になり、食べては吐くということを繰り返しています」
岸本英之の被害者女性への発言
「お前昨日20人くらいにヤられたんだぞ」
現場での組織幹部らの発言
「今行けば撃てますよ」
「もう始まってますよ」
現場での小泉創一郎の発言
「昨日はアツかった。すごい回転だった」
次回期日(2004年1月23日10:00)では被告人の情状酌量を求める証人(おそらく関本の父母)が出廷する。
その他、次回期日では被告人質問などが行われる予定。

(参考)少年容疑者の顔写真公開も 政府の大綱受け警察庁(2003年12月11日付共同通信)
http://independence.fc2web.com/031211kyodo.htm

●第7回公判 2003年12月25日(木)13:30(第104号法廷)
  傍聴席66席、抽選参加者118人(約1.8倍)

★法廷内見取図
                 
                
                
                
                  
               
               
              
              
               
               
                  
 
 
                 
               

裁判官・検察官は3名ずつ(全員男性)
各被告人の両脇に警備担当事務官(計24人)

藤村、和田、小林(大)、小林(潤)、沼崎、岸本、吉野、吉村、宇田、若松、小泉、高山の12人が出廷。
高山知幸は初公判となる(坊主頭で起訴事実を全面的に認めていた)。
高山知幸の生年月日は1983年2月14日。
和田は追起訴分について「計画および指示したことはありません」と相変わらず。
約1時間の審理の後、1時間の休憩を挟み、さらに30分ほど審理が行われた(証拠調べ手続)。
岸本の弁護人の遅刻により手続が遅延した。
和田と吉野以外の10人は坊主頭。
和田は染色した茶髪部分と伸びた黒髪部分が斑状になっていた。吉野は黒髪。
高山と小林(大)以外の10人は黒・紺(藤村は灰)のスーツ。
高山は茶と白の横縞タートルネックセーター、小林(大)は黒ダウンジャケットに紺長袖Tシャツ。
暑かったせいか、小林(大)は途中でダウンジャケットを脱いでいた。
沼崎敏行が薄ら笑いを浮かべながら時折右後ろの傍聴席を振り返っていた。
被告人らの知人・友人等と思われる女性が数グループ傍聴に訪れていた。
被告人らを愛称で呼び、「(被告人らが)かわいそう」などと口々に述べていた。
被害者女性(2003年4月27日の事件・当時18歳)の母親の証言(書面)
「娘は過食症となり、家族が寝静まった深夜に食物を買いに行きます。食べている間は何も考えなくて済むため、やめることができません。朝6〜7時頃に決まって意味不明のうめき声を上げます」
証拠調べ手続では各被告人は概ね検察官の陳述に同意していた(弁護人も同様)。
不同意の内容は大勢に影響ないと思われる瑣末なもの(高山知幸の幹部就任時期等)。
事前共謀について不同意の被告人が散見されたが検察官は立証について余裕の表情。
今後は起訴事実や書証に同意する被告人と不同意が散見される被告人(和田ら)の公判が分離される。

 早大ス−パーフリー「レイプ」事件 裁判傍聴記(2) 12/25(SPIKE)
 http://www.h5.dion.ne.jp/~cube/0_spike/spike_news/sf/sf_saiban031225.htm
 ※SPIKE・・・早大生が中心となって編集しているデザイン系フリーマガジン